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関東の旅②

その
ANNSAN墓参りの巻


翌朝、新橋のホテルを出て向かったのは
毎回関東へ出るとお世話になっている
横浜は港北区綱島にお住まいのフォーク者
イサジ式さん夫妻の秘密の園


▼鶴見川沿いのマンションから
190610_01綱島の眺め

到着するや相方のえっちゃんから
絶対雨を連れてくるよね〜の一言をいただく。
ありがたく頂戴した。





ANNSANのお墓があるのは目黒区に近い世田谷区九品仏。
昼過ぎに在京のメンバーと九品仏駅で落ち合う。


▼九品仏駅
190610_02九品寺駅


▼向こうに見える森が目的のお寺
190610_03駅前



190610_04浄真寺入り口



この浄真寺、広いのなんの!
190610_14地図
▲クリックで拡大します


雨の参道を延々と歩く。

190610_06みんな参道



190610_05浄真寺門



190610_07境内



辿り着いた墓地内案内板(広い!)
190610_08案内図


チンタさんの案内で無事辿り着く


190610_15墓地内


190610_09墓地内



ANNSANが大好きだったPEPSIが置かれてた。

190610_10安藤家




墓参りが終わるともう
みんなすっかり飲みモードw

自由が丘の磯丸水産を皮切りに

190610_16磯丸水産

新丸子の三ちゃん食堂は二軒目

190610_11三ちゃん食堂



190610_12ラーメン

そのまま新橋へ移動し

190610_17新橋駅

New新橋ビル地下の飲み屋街へ

190610_13new新橋ビル地下
▲出演はイサジ式さん


190610_18new新橋地下


新橋の夜は更けゆく、、、


結局、墓参りに格好つけた酒盛りかい!
いやいや
先人達もこのように故人を偲んできたのです。


その②Fin

関東の旅①

細坪基佳デビュー45thシリーズの最終日?
日比谷野音コンサートへ参加してきた。

野音と云えば音楽の殿堂。
CAROL解散コンサートもこの地。
戦後の完成かと思えば大正時代のもの。


昨年急逝したANNSANの墓参りも兼ねた
ちょっと長い関東の旅を備忘録で残しておく。







飛行場ではいつもの因幡うどんから始まる。

190616_01因幡うどん



CAが笑顔で迎えてくれた。
190616_02乗り込む



野音に近い新橋に宿をとる。
春にオープンしたホテルは
風呂周りが広く清潔で気持ちよい。

190616_03新橋駅付近



街なかにこんな場所があるってステキだ。

190616_04野音

場所柄、音楽モノは土日限定らしい。
傘の使用禁止。


小雨の中コンサートは16時開始。
1時間半ほど過ぎたあたりでゲストの永井龍雲氏登場!

190616_05龍雲


弾き語りも良いが
バンドで聴く龍雲氏は素晴らしくゴージャスだった。


2時間過ぎたあたりで終了は20時との情報が入る。
飲みながらだった我々5人組はコソッと抜け出した。
雨も本降りに変わってきたので致し方ない。



ガード下にはいろんな飲食店が入ってる。

190616_06ガード下



一本入った焼き肉屋へ。

190616_07オクヨシ精肉店



190616_08肉


肉はイマイチ。
値段はそこそこ。


移動して中華な店へ。

190616_09餃子

餃子はデカいが味はイマイチ。
払いは良心的。


誰が名付けたか、、、

190616_10博多天神

まぁイメージは出来る。




〆は駅前の小諸ソバ。

190616_11小諸蕎麦



早くから飲み始めた事もあり
この日は23時前には就寝。
年寄りの夜は早いが朝も早いのだ。



その①Fin

池町川を下る⑤

蒼井優さんはフラガールから気になる女優さんだったが
伴侶に選んだのが山ちゃん。
うんうん!なかなかベストなチョイスをしたと思う。
どんな男か知らないが結婚会見を見る限り良いヤツだと感じた。
彼女も結婚には何が大事か分かってるんだろね。
凄惨な事件事故の報道が多い中、気持ちよい時間が持てた。
ぜったい離婚するなよ〜〜。







あれから池町川探索は進展してないのですが
前回撮りためたものを一気に進める事にする。





⑦六ツ門橋

190601_14六ツ門橋

国道209号線と交差するポイントで
その昔は久留米最大の繁華街だったあたり。

▼209号を渡ってからのアングル
190601_15六ツ門橋下流から



▼明治通り方面(北)をナメながら、、、
190601_16六ツ門橋銘板



▼川沿いに古くからある喫茶店
190601_17しのはら珈琲店

国道向かいにはもっと古いピーコックという喫茶もある。


▼昭和三十二年竣工
190607_01六ツ門橋竣工



60mほど先に⑧有楽橋が見える

190607_03有楽橋遠景


⑧有楽橋

190607_04有楽橋


炉端沖潮はもう何年になるのだろう、、、
大将が地元の先輩なので若い頃はよく通ったなぁ

190607_05有楽橋銘板


振り向くとくるめりあ裏手。
ビルと道路の隙間3〜4mの奥行きに
戦後の残り火で飲食店が並んでいたが
行政というヤツに全て壊されてしまった。
子供の頃家族で食事にきた思い出の場所だ。

190607_06くるめりあ裏


有楽橋越しの⑦六ツ門橋

190607_07六ツ門橋と有楽橋



先輩の店めん吉があった建物は健在だった。

190607_08めん吉跡


下る、、、

190607_09流れ


有楽橋から110mほど下流に

⑨大黒橋

190607_10大黒橋


久留米の歓楽街の南端

190607_11大黒橋銘板


▼歓楽街方面
190607_12文化街方面


▼竣工昭和三十四年
190607_13大黒橋竣工



190607_14大黒橋竣工


下流80mほど先で北へ向きを変える

190607_15大黒橋から下流


▼東方面はあけぼの商店街→一番街へと続く通り
190607_16古賀久方面


▼北へ進路を変えるあたりから大黒橋方面
190607_17曲がり口から大黒橋


▼同地点から⑩恵比須橋方面
190607_18曲がり口から恵比須橋



恵比須橋の由来はこの神社でした。

▼大正六年建立の恵比寿神社
190607_19恵比寿神社


▼分かりにくいが明治通りに架かる恵比須橋
190607_20明治通りと恵比須橋


⑩恵比須橋
190607_21恵比須橋


▼水道?
190607_22水道管



190607_23恵比須橋銘板


明治通りを走るクルマは下に川が流れているなんて意識してないだろうね

190607_24明治通り



60mほど先に

⑪弁天橋

190607_25弁天橋遠景


弁天橋は東西に走る(本来の)文化街通りに架かる橋。

久留米では古いたこ焼き屋さんたこ万が見える

190607_26弁天橋


▼竣工昭和三十五年
190607_27弁天橋銘板


190607_28弁天橋銘板


190607_29石積



50mほど先に、、、

⑫三夜橋

190607_30三夜橋遠景



橋の向こうにはさくら祭りの三本松公園

昔はここにはmini動物園があったが
現在中央公園へ移動している

190607_31三夜橋から公園


▼竣工昭和三十二年
190607_32三夜橋竣工


▼三夜橋から歓楽街方面
190607_33歓楽街


今回はココまで。

気まぐれで始めてはみたけれど
筑後川までたどり着けるのか〜〜?



池町川を下る④


先日、友人itochanの生前騒(葬)は無事終わった。
60数名が集い意義ある集いになった。

思うに、、、
人生は最後が問題ではなく
どう生きてきたのかが大切なんだ


人との付き合いは難しい
押せば離れるし、仲良くしたいのに離れて行く
嫌いだなと思えば 相手も良く思ってない事が多い。
深く付き合えば 見なくて良い部分も見えてくるし
見られたくない部分は 悟られている

親しき仲にも礼儀あり




池町川④


④広又橋から100m
テクテク歩いていたら
ふたつめの階段が見えてきた。
奥に見えるのが次の橋⑤栄橋

190601_01栄橋前の階段


下流から⑤栄橋を見る
190601_05栄橋


来た道、広又橋方面を振り返ってみる。

190601_02広又橋方面を


▼まっすぐ進むと新龍月さんやセントラルホテル。
も少し歩けばかわむら食堂などのエリア。

190601_03栄橋銘板


北側に進めばコトブキや酒店、エイトモダン
一平うどん、ぶらっかぶろっこなど
あけぼの商店街方面へ


竣工昭和35年10月(1960年)

190601_04栄橋竣工銘板


下流川には排水路が合流。
昨年7月の大雨時には3/4まで増水。

190601_06排水路




80mほど歩くと
⑥三輪橋が見えてきた。

190601_07三和橋

下流から三和橋

190601_08三和橋



190601_09三和橋


欄干には三つの丸い穴。
さんわ→三輪って意味?

190601_10排水溝


竣工昭和36年10月(1961年)
190601_11竣工銘板






下流へ歩くと、、、小さい鉄製の橋が見えてくる。

190601_12鉄の橋


これは明らかに地元の方が架けたものだろう。

190601_13鉄の橋



⑦六ツ門橋が見えてきた。


190601_14六ツ門橋



続く、、、


中州の餃子屋さん


らぽんさんから博多で飲みませんか?の誘い。
断る理由はないので
暇なおっちゃんは
いそいそと電車に乗って博多(天神)へ。


190529_01三越


福岡は人が多くてたまらん。
まだ日暮れまで時間があるのに屋台は待ち人でいっぱい。




まずは菅原でビールをグビビと。

190529_03beer.jpg


ココのBeerは世界で一番うまい!


店主の土師さんは高校時代の同窓生。
三年時は同クラスだったと卒業後アルバムで知る(^^;)

190529_02菅原店内


きっとサーバーのメンテナンスが素晴らしいんだろう。

190529_04土師くん


来月のG20で使われるという米麹Whiskey
試飲させていただいたが不思議な喉ごし。

190529_05whiskey.jpg



店を出て西中洲経由で中州を目指した。




1971年創業のレストラン「和田門・WADAMON

190529_06wadan.jpg

知らなかった、、、
いつかカレーを食べに行こう!



西中洲へ入っていく、、、

190529_07西中洲


この界隈は敷居の高そうな店ばかりだ

190529_08西中洲


何屋さんなのか分からん!
もちろん一見さんお断りだろね(-_-)




暖簾をくぐるも
満員で入れなかったおでん屋さん

190529_09おでん安兵衛



190529_10西中洲




昭和が残っていた、、、

190529_11ガス燈



なんかいい!

190529_12三原豆腐店



那珂川越しに中州の街

190529_13那珂川と自転車





何屋なんだろうか?

190529_14西中洲



よく分からんが高そうだ。

190529_15mercury.jpg



これは立ち飲み屋だった。

190529_16立ち飲み屋



やっと那珂川に出た。

190529_17中州那珂川


夢の国へと誘う橋

190529_30中州の橋




夢の橋を渡ると両サイドには屋台。

190529_19屋台




どんどん歩く、、、

190529_20水炊き屋



目指すお店が見えてきた、、、

190529_21中州裏通り



宝雲亭

190529_22宝雲亭外観




入店時はガランとしてたのに

190529_24_店内


30分もしないうちに満席状態。

190529_23宝雲亭店内





まずは餃子を4人前。

190529_26餃子


ひとくち餃子(10個 550円)

190529_27餃子up



付きだし(お通し?)

190529_25付きだし



塩ホルモンもいってみた

190529_29塩ホルモン



190529_28塩ホルモン


塩と云いながら醤油系タレ。
とてもうまかったがやはり都会、、、
750円は大都会の値段だ。



さぁ次の店へ移動しよう!






池町川を下る③

新川橋のすぐ下流に水面まで降りる階段がある。

190523_18階段

昔の洗濯場の名残なのだろうか?
今の若い人には川で洗濯!?と何の話か分からんでしょうが
昔は川は洗い場であり洗濯の場でもあったのよ。
昔の川は綺麗だったのよ。



階段の先に捨てられた自転車発見。

190523_19自転車



50mほど下流へ進むと東町橋が見えてきた。

③東町橋<上流から>
190523_20③東町橋

<下流から>
190523_20-2③東町橋



190523_21東町橋銘板


▼平成4年
190523_22東町橋竣工銘板


北側には東町公園&地下駐車場

190523_23東町公園



190523_23-2東町公園


野外ステージを作ったけれど
騒音問題で音量を上げられない。
確か70dBを越えるべからず!だったか。
車のクラクションも取り締まれ!ってことか(笑)


東町橋から90mほどで広又橋。

④広又橋<上流から>
190523_24④広又橋


<下流から>
190527_01広又橋


この橋は古そうだ。

190527_02欄干


古すぎて読み取れない、、、

190527_03銘石



190523_25広又方向図



現在はラーメン店だが
その昔、35年ほど前はのこのこというイタリア料理屋だった。
知人のご主人ってことで通い詰めた思い出。

190527_04のこのこ

ほどなくマスターが急逝されて閉店した。


北側には古い病院があったが今は更地。

190527_05病院跡


昭和が目立つようになった。


その対岸にも古い病院があったのだが、、、

190527_06北里病院跡

こちらも取り壊され更地になっていた。

時の移ろいを感じずにはいられない。




下流100mほど先に5番目の橋「栄橋」が見えてきた。

190527_10栄橋遠景


その④に続く、、、




池町川を下る②

このシリーズ長くなりそうだなぁ、、、



戦中に米軍が作った久留米の地図がある。

190523_00戦中の米軍地図


そこに池町川は存在しない。

190523_00-1拡大地図

で、調べてみたら、、、

へぇ〜〜
江戸時代は苧扱川(オコンゴ)って名だったのね。
苧(ジョ・チョ・カラムシ)は繊維産業と密接な関係があったと、、、。
本町の「おこんがわ公園」とも関係ありそう。
とても気になるが、これは宿題として先送りしよう。




現在は筑後川から中央公園愛の泉経由で水が引かれている。
その出口がココ池町川起点。

190523_07池町川起点


反対側から見た図。

190523_08池町川標識

で、川の始まりは、、、
かなりの水量でなかなか綺麗だ。

190523_10起点の流れ


起点の石碑から水が流れ出る20mほどは
ベンチなどあって憩いの場所(たぶん)

190523_09起点休憩所


30mほど向こうには最初の橋が見える。

190523_11①鯉さん橋


①番橋 鯉さん橋

190523_13-2こいさんばし


190523_13-3欄干


一番街方面を望む。

190523_12鯉さん橋から一番街

昔は映画館が何軒もあり賑わっていた。
映画館がスーパーになった時期もある。
現在、マンションがで〜ん!
左にはカラオケ屋さんの不思議なビル



190523_13鯉さん橋の銘板



鯉さん橋から60mほど下流に
②番橋「新川橋」を見る。

190523_14②新川橋遠景


このあたりは「池町川倶楽部」で盛り上がってるところ。
新しい店が増えたり消えたり
古い焼き鳥屋さんやBARが無くなったり、、、

190523_15-2川縁り


190523_15-3サイン


②番 新川橋

190523_15新川橋



190523_16しんかわ橋銘板


▼昭和37年11月竣工
190523_17新川橋竣工銘板


まだまだ先は長い、、、

①番橋 鯉さん橋
②番橋 新川橋の巻でした。